さて、みんなは焼き鳥屋で食事をしていたら、店主に「お前ぶっ飛ばすぞ」と言われたことがあるだろうか。あるいは大学で勉強していて、教員から「お前ぶっ飛ばすぞ」と言われたことがあるだろうか。
「そんなバカなことあるわけないだろ」と読者のみんなは思うだろう。上記二例はあくまでも比喩であるが、実はこんなことがまかり通っていると思われても仕方ない業界が実在することが、とある出来事で証明されてしまった。今日の記事は非常に長いが、人間関係構築の力を養うという点においてお役に立てると思うので、じっくり最後まで読んでくれたら嬉しい。
顧客に対して「ぶっ飛ばす」と口にすることが行われていると思われてしまった業界とは、なんと婚活業界、婚活現場である!この成熟した人間社会で、人間の営みの大切な分岐点とスタート地点である結婚を支援する場がこんな野蛮で低俗な側面があるとは、まさに愚の骨頂である。
詳細を説明しよう。
2024年2月4日、『ザ・ノンフィクション、結婚したい彼と彼女の場合〜令和の婚活漂流記2024〜前編』というテレビ番組(フジテレビ系)が放送された。これは実際に婚活をしている男女数人にスポットを当て、実際の婚活の様子をドキュメンタリーとして放送したもので、実在の結婚相談所と婚活カウンセラーも登場している。婚活カウンセラーは、婚活業界で非常に有名な植草美幸氏である。
そして、この放送終了後かなりの反響があったのだが、婚活女性の傲慢な態度やカウンセラーの対応にもかなりの批判が寄せられた。
情報元として以下三つを記載しておくが、残念ながら記事執筆の2024年7月時点では、番組のフルの動画やアーカイブは残っていない。(ザ・ノンフィクションのフジテレビ系のアーカイブは、不定期で公開されるようだ)そこで、①は番組の流れを詳細に解説している動画で、②は「ぶっ飛ばしときます」の発言の場面だけの切り取り動画、③は簡単なニュース記事の計三つを掲載しておく。
①<参照元:https://www.youtube.com/watch?v=GwbFnCGcuO4>
②<参照元:https://www.tiktok.com/@l__1cm__l/video/7331765119556373780>
③<参照元:https://www.jprime.jp/articles/-/30869?display=b>
「ぶっ飛ばす」という発言が出た場面は、進藤さん(29歳男性・仮名)と、北川さん(34歳女性・仮名)のお見合い終了直後の時である。まずは以下に、両者のお見合いの会話のやり取りをそのまま記載する。
進藤「映画館とかよく行かれるんですか?」
北川「以前は行ってましたが今はWEBエンジニア目指して一日10時間以上勉強してます」
進藤「ええ?それじゃあ映画どころじゃないですね」
北川「お休みは何をしているんですか?」
進藤「家のことをやったり、来月か2ヶ月後くらいに一人暮らししようかなって」
北川「そうなんですね」
進藤「半年間寮生活で独り暮らししてたんですよ」
北川「半年だけですか?半年とか一年じゃあんまり・・・短いですね。親と同居してると生活コストがこんなにかかるんだとか、家族に頼ってるんだろうなっていうのが予想はできます」
進藤「う~ん」
※ナレーション「自分の意見をはっきり言うタイプの北川さん」
北川「料理はどうしてるんですか?」
進藤「一緒に作ってるというか引継ぎみたいなものですね」
北川「引継ぎ?ふふ『料理の引継ぎ』って(笑)」
進藤「好きな言葉はあります?」
北川「言葉?初めて言われましたね」
進藤「価値観というか」
北川「価値観(笑)」
進藤「私はITについて本は結構読んでいて」
北川「興味はあるんですか?そっち系の」
進藤「一応興味はありますね。チャットGPTでプログラマーはどんどん減ってるって聞いてて、逆に珍しいなあと思っちゃって話聞いてて」
北川「つまりなに?私がやろうとしてることは時代遅れだって言いたいんですか?」
進藤「時代遅れじゃないですけど、なんていうんだろうな」
北川「だって専門家じゃないでしょ?別に。なんでそんなこと言われないといけないんだろうってすごい思ってるんですけど」
進藤「ちょっと正直に思ってること言っちゃっただけなのですみません。申し訳なかったです」
北川「もういいですか?ありがとうございました」
ここでお見合いは終わり、北川さんは植草氏の所に行き、進藤さんの発言に怒りを感じたことを伝えに行く。問題はここで起こる。
北川「プログラミングに意味があるのかって言われたんですよ」
植草「ええ!?ぶっ飛ばしときます」
さて、この植草氏の対応と北川さんの伝え方を見て、みんなはどう思っただろうか。この記事のメインはここからだ。
植草氏のこの対応の仕方は、二つ大きな問題点がある。一つは、「言葉の威力の本質を理解していない」ことだ。言葉とは、花火のように鮮明に人の情動を揺さぶり、心身に無限の影響をもたらす。婚活カウンセラーは対人支援職の一つであり、言葉の威力の本質は全ての対人支援者が心得ていなければならないことだ。「ぶっ飛ばす」というのは、暴力に直結する原爆のような言葉である。
違う視点で見ると、その場の北川さんの怒りを鎮めるため、あるいは植草氏自身の個性あるキャラクター作りに繋げる意味合いなどで、わざわざこのような表現をした可能性もある。テレビの編集の都合が関わっている可能性もある。しかし、それでも、これはテレビという公共の電波で流れている婚活場面だ。「ぶっ飛ばす」という言葉の質を考えたら言い訳は許されない。
もう一つの問題点は、植草氏の対応は、対人支援の基本中の基本を全く押さえていない所にある。(実際には行われていたが編集でカットされているという可能性はこの検証では外すものとする)
二人の人間関係(婚活)を調整する場合には、二つの原則がある。
『両者の正確な言動(事実)を把握する』
『両者の思い、言い分を、背後にある要因を分析しながら受け止める』
つまり、片方の、まだ事実であるかわからない言い分を一つ聞いただけで直情的に判断するというのは、専門者として全くもってあり得ない対応なのだ。
「ぶっ飛ばしておきます」この場面だけを視聴者が見たら、「結婚相談所に行ったら、こんな乱暴なことを言われるんだ」「女性の話だけ聞いて、こんな不平等な扱いをされるんだ」と思われても仕方のないもので、ネット上では実際そういう意見が溢れていた。
適切な対応方法の一例としては、以下になる。
まず、北川さんはお見合い後に「プログラミングに意味があるのかって言われたんですよ」と訴えているが、これは少し間違っている。進藤さんは、実際には「プログラマーはどんどん減ってるって聞いてて、逆に珍しいなあと思っちゃって」と発言しており、ニュアンスは似た部分はあるが発言内容は間違えている。この点を、北川さん進藤さん双方に確認して、発言の意図と、両者がこの言葉のやり取りをどう感じたかを整理して、誤解し合っている所を修正していくのがプロの仕事である。
さらに、ここは記憶のメカニズムについて補足も必要だ。
人間の記憶能力は、自分で思っているほど正確ではない。後から追加される情報によって正確な記憶が書き換えられてしまうことは誰にでもあるし、防衛機制によって、自分が傷つかない言い方に言葉の言い換えをしてしまうこともある。お見合いのような緊張の度合いが増す場面ではなおさらだ。そのような影響で、北川さんが「プログラミングに意味があるのかって言われた」と不正確な言葉で植草氏に伝えてしまった可能性は非常に高い。
読者のみんなに聞いてみよう。
もしあなたが進藤さんと北川さんを支援する立場だったら、どんな方法を取るだろうか?もう一度この記事を少し遡って、両者のお見合い時の会話のやり取りの箇所を読んでみてほしい。生きていれば、家族や友達や仕事の人間関係などで、上手く仲裁しなければならない経験は誰もがするはずだ。
進藤さんと北川さんの会話のやり取りをよく読むと、両者がまだまだお互いのことがわからず、会話の引き出し方も不器用なことがよくわかる。さらに、この両者はそれぞれに少し特殊な事情も持って婚活に臨んでいる。
進藤さんは高校時代に両親が離婚し、母親と共に二人暮らし。家賃は進藤さんが全額出している生活のようだ。北川さんも、WEBエンジニア目指して一日10時間以上勉強しているとの発言から、紆余曲折ありながらも、自分なりに自立した生活を目指して努力している点は評価すべきだ。さらに、両者のそれぞれの人生経験や婚活にかける思いは、まだまだ見えてない部分もたくさんあるはずだ。
その可能性を念頭に入れつつ、「どうしてWEBエンジニアを目指そうと思ったのか」「半年間の寮生活の際にはどんな事情があったのか」などなど、丁寧に状況を把握しながら成婚に生かせる道筋を作り出していく必要がある。
人と人を結びつけ、支援することは、そう簡単な話ではない。さらに、多くの人の生き方は、「学校に行って卒業して就職して働いて・・・」などのような単純な一本道ではない。人それぞれに訪れる運命や事情があり、人を見る時は表面的な部分だけで単純な判断をしてはならないのである。
まとめに入る。
この出来事は、婚活市場に決して小さくない影響を与えた残念な出来事だ。特に、婚活市場から男性が減少し続けていることもおおいに関係しているだろう。
『婚活を支援する側は、対人支援の基本を心得ていない支援者が多数いる。よって、「ぶっ飛ばす」のような常識外の暴言を浴びせられる可能性がある』
利用者から見て、こんな風に思われても仕方ない残念な出来事である。
これを踏まえて、婚活市場、結婚相談所を利用する立場の人にとって、何に気をつけたら良いのかという点を最後に記載しておこう。
どんな業界でも、端的にいえば、良い人と悪い人どちらもいるものだ。それぞれの場によって、良い人と悪い人の比率が異なるということでしかない。さらに、1対1の人間関係では、相性でかなり左右される。つまり、利用者にとって、どんな支援者(婚活カウンセラー)に当たるかは、ルーレットのギャンブルみたいな要素ともいえる。
しかしそれだけではなく、自分が普段どんな見る目を持って生きているかで、自然に良い人と出会っていく運を引き寄せるということは確かにある。婚活に限らず、何をやる時でも、自分の人を見る目が的確かどうかは常に自己内省して養っておきたいものである。
(作・イキルちえ)
こちらも合わせてどうぞ→<このブログの紹介>