生きる知恵

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男女平等が困難な一つの証明(ノラ・ヴィンセントの記録からのヒント。ジェンダー、フェミニズム関連)

 さて、みんなはノラ・ヴィンセントという人物をご存じだろうか。今日は、この人物についてなるべくわかりやすく記述していこうと思う。今回なぜノラ・ヴィンセントを取り上げるのかだが、男女平等を目指すと言われている現代に、極めて重要なヒントになる人物であること。そして日本ではあまり知られていない人物だからだ。ジェンダーやフェミニズムとも大きく関連しているので、是非最後まで読んでみてくれ。

※ノラ・ヴィンセント(Wikipediaより)

 まずは、ノラ・ヴィンセントの簡単な人物像と経歴を紹介しよう。

 ノラ・ヴィンセントは、1968年に米国ミシガン州デトロイトで生まれた女性。出版社などで働きながら、作家、コラムニストとして活躍。21歳の時には自身がレズビアンであると気付いたという。

 30代の時に、外見を男性らしく整え、“ネッド”という名前で1年半もの間、男性として様々な場所に潜入して生活する体験をする。場所は、ボーリングクラブ、修道院、男性の集団セラピーグループなど。

 最初彼女は、「男性優位の社会だし、きっと男性ならではの特権などで良い思いができるんじゃないか」と思ってこの体験を始めたそうだ。しかし実際に男性社会に入ってみると、想像とは全く違う世界に驚愕する。

 あまりに過酷な競争社会、経済力や多彩なスキルを求められ、女性同士のように共感して理解してくれる人も周りにいない。さらに恋愛でも上手くいかないことの連続で、あまりに想像と違い過ぎたそうだ。

 1年半のこの潜入体験を終えた後、彼女は体験を記した著作「Self-Made Man」を2006年に出版。(この著作の和訳はされていない)アメリカで大ヒットとなった。しかしその後、精神疾患にかかって闘病することになり、入院生活の後に自殺ほう助で亡くなっている。(享年53歳)

 

 ここからは、現代の様相に関連して記述していこう。

 世の中は、常に男女で意見の衝突や争いが絶えない。そして、表面上は「男女平等にしよう」を目指して動こうとしている。

 真の意味の男女平等で言うなら、「男性も女性も、同じ役割をこなし、同じ責任を担う」ということだ。これは果たして、実現可能なのか?一つ言えるのは、これまで男性と女性それぞれに求められてきた役割を両方こなせる人は、極めて限られるだろう。

 一例として、現代の夫婦及び子育ては、共働きが求められ、夫婦共に家事と育児をすることが求められる。これで多数の夫婦が疲弊しており、一世帯あたりの子どもの数は少なくなり、結婚したがらない若者が増えているのは皆も知っての通りだ。

 ノラ・ヴィンセントが体験し、記したことは、女性が、男性に求められる役割と責任を担うことがいかに困難であることかを、非常にリアルに証明している。

 そして、これはフェミニズムやジェンダーの問題とも関連するが、男女でなぜ意見の衝突や争いが起こるのか、その根底は、

「(男性から見て)生きるのに女性の方が楽に違いない!うらやましい、許せない!」

「(女性から見て)生きるのに男性の方が楽に違いない!うらやましい!許せない!」

 こういう感情がある。

 ノラ・ヴィンセントの場合は、男性として1年半過ごした結果、あまりのハードさ、過酷さに驚いたと述べている。彼女は作家、コラムニストとして多彩な活躍をしていた人物であり、人間として一定以上に優れた才能と能力を持っていたといえるだろう。それだけの人物でも、男性として生きるとあまりに想像以上に過酷だったということは、何を物語っているだろうか。

 確実に言えるのは、男性が普段感じていることの数々のプレッシャーは、多くの女性にとっては耐え難いすさまじい過酷さであるということであろう。過酷な競争社会、経済力や多彩なスキルを求められる、共感して理解してくれる人の少なさ、恋愛における不利な立場など、ノラ・ヴィンセントが語っていることそのままである。真の男女平等を実現するということであれば、女性はこれらのプレッシャーがあることを理解し、受け入れ、男性と同様に義務と責任を担って社会を支えなければならないのである。(出産だけは女性にしかできず、そこをどう折り合いをつけるかという問題は残ってしまうが)

 ところが、現状の日本社会を見ると、真の男女平等実現はあまりにも遠いと言わざるを得ない。

 なぜなら、まず個人視点では、男女それぞれの大変さを理解して協力し合って生きようとする人はまだまだ少ない。そしてメディアや一部のネット上においては、過剰かつ強引に女性優遇を推し進めている最中だ。「女性は大変なんだ!」と都合よく主張する感情論ばかりが先行しており、非常に愚劣で公平性に欠けた主張・意見も多い。

 参考までに、例えば以下の記事などはその最たるものである。

<女性の方が男性より「働いている」「稼いでいる」(毎日新聞)>

 

 ノラ・ヴィンセントの残した記録は、自分とは違う性別としての“生きる体験”をリアルに記したという意味で、非常に貴重である。

 ここでわかることは何か?オレ達人間にできることは何か?

 社会としての取り組み、政策という観点では話が広がり過ぎてまとまらないので、個人個人でできることという括りでこの記事をまとめようと思う。個人視点なら、これは実はとても簡単な話なのだ。家族でも、夫婦や恋人でも、友達や職場の同僚でも、どこで発生する男女の関係性でも共通だ。

 相手の立場、苦労を理解しようとする姿勢と行動である。これが真の男女平等の基本だ。

「男の自分の方が大変なんだ」

「女の自分の方が大変なんだ」

 こんな主張だけを自分本位にまくし立てることは、男女平等と良い人間関係を生み出すだろうか?生み出せるのなら、今社会はこのような状況になってはいないだろう。

(作・イキルちえ)

こちらも合わせてどうぞ→<このブログの紹介>

<参考文献>

<The Buffalo News『Norah Vincent, 53, chronicled passing as a man in New York』>

<soundprofilerの音楽夜話『ノラ・ヴィンセント理解のための参考データ』>

<道徳的動物日記『男にいいところはあるのか?:文化はいかに男性を搾取して繁栄するか』>

<MON OFF AND BEYOND『書評:女が男のフリをして1年生活したら?』>

<Wikipedia『ノラ・ヴィンセント』>