さて、みんなは自分が高齢者になった時の生活をイメージして準備ができているだろうか。今回は、大きな問題になっている高齢者ドライバーによる車の交通事故や免許返納の問題について、心理学的な観点も交えながら解説する。それと同時に、高齢者になった時の生活設計の考え方についても触れていく。
様々な課題が絡み合っているこの問題だが、まずは、事実がどのような状況なのかを整理しよう。
①人間は誰でも、年を取れば体の機能が衰えるのは当たり前。衰えるペースはかなり個人差によるが、ずっと若い人はおらず、この点は平等である。
②衰えにより、車の運転は誰でもいつかはできなくなる日が来る。
③電車、バスなどの公共交通機関の不足の問題が、特に地方で多発している。交通の利便性は、地域により状況が異なる。
この問題を考えるにあたって、まずは最優先に絶対に崩してはいけないものが一つある。
それは、「交通事故は絶対に起こしてはいけない」ということだ。なぜなら、交通事故は、人を死なせたりケガをさせたりするからだ。これを最優先にすることをやめてしまったら、殺人や傷害を肯定することであり、倫理的な人間社会の崩壊だ。
つまりだ。「運転が危なくて事故を起こす可能性があるけど、生活できないから車を運転する」というのは、絶対にしてはいけないのである。まずはここをベースに話を進めていく。
現在、各職種の人手不足もあり、地方の交通機関は厳しい状況である。
だがその前に、一つ読者のみんなに問いかけをしよう。周囲にいる高齢者のことも想像して考えてほしい。
多くの人は、心のどこかで「自分はいくつになってもずーっと車を運転し続けられる。自分は大丈夫。車を運転して、買い物をして、病院も行って、そういう生活を死ぬまで送ることができる」
こんなふうに考えていないだろうか?
高齢になっても免許返納をせずに運転を続ける人の言葉はよくメディアなどを通して報じられているが、こういった人達に概ね共通しているのは“いつまでも同じ生活が続き、いつまでも自分は変わらずにいられる”という価値観が強く働いているのだ。
実はこれは、高齢者になれば誰でも直面することである。人間は中年になった頃から、自らの体の衰え、いつか訪れる死について少しずつ意識し始めるようになる。中年から老年に至るまでは、自らの衰えを「否認→受容」という順序で受け入れていくのだが、身体的・情緒的に健康でない人や、実現しない夢を持っている人、生活に満足していない人などは、衰えや死に対する恐怖も大きい。
人間の体と心の状態は、常に変化する。そして冒頭で述べたように、車の運転は誰でもいつかはできなくなるのである。人間の能力は、一度獲得すれば一生失わずに維持される能力と、加齢と共に衰えたり失われる能力があるが、車の運転は後者にあたる。
では、どうすればよいだろうか。ライフスタイルを変えるのはそう簡単ではないのだが、人間には、計画を立てて生活を設計する力がある。
目安として、40歳になった時点で、自分が高齢者になった時のことを想定した生活の準備を始めれば、その後の生活はかなり違ったものになるはずだ。その準備と、考える視点は複数ある。
自分の仕事、経済状況、住まいの環境(賃貸か持ち家か、そこに何年住めるか、災害リスク、交通の利便性の将来性)家族の状況、自分の健康状態など、多岐に渡って検討することだ。もちろん、全てを正確に見通すことは不可能だが、何もしないのとは雲泥の差がある。
また、なぜ40歳を準備開始時期にするかというと、20歳前後に学生から社会人になったと仮定すれば、約20年後にあたる。人生は簡単に想定通りや思い通りにいくわけではないし、紆余曲折あったとしても、20年あれば大体自分の生き方の方向性は見えてくると思う。考える節目としてはちょうど良い時期だ。
生き方や家族構成が多様化している現代は高齢者の人も生活状況は様々だが、本来は、それだけ早い時期に準備が必要なものだ。昔はもっと世帯人数が多かったので、自然に家族内に高齢者を世話できる家族がいたのだが、現代は子どもの人数も減り、結婚する人も減ってきている。周囲の誰かが代わりに車の運転をしてくれる自動的な環境はそう簡単には訪れないので、現代は誰でも“自分が車を運転できなくなった時にどうするか”を早いうちから考えておく必要があるのだ。
今40歳より若くて車を運転している人は、この視点を必ず持っておいてほしいと思う。そうすれば、将来困る要素を一つ減らすことができる。
まとめに向けて一つ述べておこう。
今、同居家族に高齢者がいて、頑なに免許返納をしようとせず困っている人も多いと思う。その場合、一度このようなニュアンスで伝えてみてほしい。
「体の衰えは誰でも平等に訪れるんだよ。だから免許は返納して、車はなくても生活できるスタイルを一緒に考えよう」
人間は生まれながらに不平等なものだが、老いは誰にでも平等に訪れる。
(作・イキルちえ)
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