生きる知恵

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「甲斐性がない」と言う女性とは結婚しない方がよい

 さて、みんなは「甲斐性がない」と人に言ったことがあるだろうか。このセリフは婚活や結婚生活で実に都合良く使われている言葉であるが、場合によってはかなり注意を要する言葉である。

 まず、甲斐性という言葉の意味であるが、『物事をやり遂げようとする気力や根性。働きがあって頼もしい気性』である。本人の力強い推進力という意味に加え、お金を稼ぐ力、経済力の部分を指すことが多い。

 現代では、この「甲斐性がない」という言葉を、未婚の婚活女性や既婚の女性が、婚活相手の男性やパートナーの夫に対して発する場面が時々ある。甲斐性の本来の意味でいえば、「あなたは、物事をやり遂げようとする気力や根性がなく、働く力が弱くてお金を稼げない人だ」と言っていることになる。これは、かなり攻撃的で強い内容を相手にぶつけていることになる。ケンカ腰といってもいい。適切な場面で使われているのであればまだいいが、そうでない使われ方をしていることが実はかなり多いので、今日はそのことを深めていく記事である。

 

 この「甲斐性がない」という言葉の背景の一つとして、戦後からしばらく経った昭和の時代に遡る。この当時はほぼ男女分業(男は仕事、女は家事育児)であり、女性のほとんどは専業主婦であった。そして、町中の井戸端会議(主婦達が家事の合間に集まってするおしゃべりのこと)で、「うちの旦那は甲斐性なしなのよ」などとよく話されていたものだ。この光景は、現代では減りつつあるものの、過去からずっと自然な慣習のようにどこでも行われてきたものだ。

 昭和の時代は、妻も働いて家計を担うのは現代ほど一般的ではない。つまり、夫が働かなくなって甲斐性なしになったら、それは家庭の崩壊を意味する。一部では、働いている夫が突然仕事を辞めてしまったり、アルコールやギャンブル依存に陥って働かなくなり、家で暴力を振るうようになったりするケースもあった。(もちろん現代でもこのようなケースはある)

 昔は現代より一世帯あたりの子どもの人数が多く、家電も未発達なので、現代よりも家事育児は重労働だ。なので、夫が働かなくなるというのは死活問題だった。そして高度経済成長と共に、「男性が働いて稼ぐのが当たり前」「働いてたくさん稼ぐ男性が偉い」という認識が、人々の意識に強く刷り込まれた。今男性に対して「甲斐性なし」と言ってしまう女性は、こういった社会変遷の影響を強く受けているのである。

 女性がこの言葉を発する際には、悪気がないケースも多く、現実的に夫の力不足で家庭運営に支障をきたしている場合は周囲が特に気にする必要もない。ただし、注意する必要のあるケースとしては、婚活や結婚生活において、“女は男より優遇されて当たり前”というニュアンスが含まれている場合である。

 典型例としては、婚活で自分よりはるかに高い年収の男性を求める女性が、「男性が多く稼ぐのが当たり前で、女性はそれを当然のように求めていいんだ」と素で考えてしまう人と会った場合である。

 交際中や婚活中に、女性が男性に「甲斐性がない」と発言するのは、「男なんだからもっと金を出せ」と言っているのと同じである。そして、妻が、しっかり働いている夫に対して言うのは、DV(恋人及び配偶者間で行われる暴力行為)と同様である。

 男性に対してだからという理由で、暴力的な強い言葉をぶつけてもよいといった考えは、現代では通用しない。現代の結婚、恋愛、男女のあり方、人権的な視点においては、

“男性も女性も大切”

“家庭は夫婦二人で力を合わせて支え合う”

この二点に集約されている。

(作・イキルちえ)

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