さて、みんなは子どもの頃に何かに失敗したことがトラウマになっていたりしないだろうか。おそらく、かなりの数の人が何らかの失敗エピソードを持っているはずだ。子どもの頃の体験の影響とは非常に大きなもので、大人になってからの人間関係、恋愛や結婚や仕事に影響を及ぼすことも多々ある。
今回は、子どもへの教育で極めて重要な、“失敗を重ねることを推奨する”という話だ。
日本社会の特徴は、〔失敗を許さない、失敗を責め立てる、失敗を恐れる〕こんな異質で息苦しい空気に包まれている。根強い学歴社会であり、一度レールを踏み外すと立て直すのが難しい社会構成になっていることも影響が大きい。
しかし、人間は誰でも失敗はするものだ。失敗を繰り返しながら、その過程で成功への道を学んでいく。
(誤解のないよう付け加えるが、例えば2011年の東日本大震災の原発事故。あれは、地震と津波の規模予測の甘さ、全電源喪失を想定していなかった設計、防災計画や避難準備の不十分さなどが重なった人災であることが明らかになっている。こういうことを「失敗して事故起きちゃったけど、許されるよね」と正当化するわけではない。ああいうケースは失敗してはいけないものだ。)
まず基本として、子どもの様子というのは社会の縮図を表している。大人が想像している以上に、子ども達は失敗を恐れ、大人に認められずに怒られ、社会のはみ出し者になることを恐れている。
一つ事例を紹介しよう。これは小学校に勤める40代の女性教諭のちょっとした体験である。
とある小学校の校内の児童委員会にて、お昼の給食時間に校内放送で流すラジオ番組のようなものを製作することになった。小学3年生と4年生の児童数名で制作することになったのだが、いざ台本が完成し、そろそろ番組を録音しようというタイミングの頃、3年生のある女子児童がこのように言いだしたという。
「先生、あの・・・私ちゃんと練習も家でしたんだけど、嚙んじゃっても大丈夫なのかなあ・・・?」
普段元気で自信にあふれているその子は、あまり見せない不安そうな表情でこのように言ったのだという。
「大丈夫よ。しゃべって噛むことは誰にでもあるんだから。安心して」
女性教諭は笑顔でこのように言うと、その子はホッとしたような表情になり、すぐに元気になったそうだ。女性教諭は素晴らしい対応をしたといえるだろう。
人間が作り上げるものは、失敗を重ねていく中で、精度が高く失敗しない形が出来上がるものである。子どもへの教育の場合、この視点は非常に重要だ。
子どもがその年齢の時に取り組んでいる物事というものは、その結果が「大人になった時の生活に直ちに影響するようなこと」というのは、実はほとんどない。校内活動のラジオ番組制作、日々の勉強、宿題、かけっこ、ボール遊び、縄跳び、町探検・・・これらはみんな、失敗してもかまわないのだ。
例えば、子どもが縄跳びをしているとする。上手く飛べた時は自然に褒めれば良い。失敗した時は、成功した時以上に笑顔で「いいよ、失敗OK!何度もやってみようよ」と明るく応えると、子どもは前向きに意欲が育っていく。こういう明るさと寛容さと知恵を持っている大人の存在は非常に重要で、この大人の意識と姿勢から安心感を得ることで、子どもは「次どうしたらいいかな、どうしたらもっと上手にできるかな」という意識と姿勢を持って、次のチャレンジに進むことができる。
また、このような明るさと寛容さと知恵を持つ大人を、子どもは即座に見抜くものだ。こういう姿勢を持つ大人は、すぐに子どもからの信頼を得ることだろう。
“失敗を重ねることを推奨する”これは、大人が普段「失敗できない立場」に居るからこそ、どうしても抜けがちになる視点だ。読者のみんなも、結婚していなくて子どもがいないとしても、教育や福祉の現場で働いていないとしても、いつ、どこで教育や子育てに関わる機会が訪れるかはわからない。これは教育の基本ともいえることなので、是非頭の片隅にでも覚えておいてほしい。
(作・イキルちえ)
こちらも合わせてどうぞ→<このブログの紹介>
<この記事は、2025年10月16日に加筆修正しています>