さて、みんなは普段から「正しいこと」「事実」を知って生きることができているだろうか。今日は子育て中の親の視点において、基本となることを短くわかりやすく紹介する記事である。ある意味ものすごく当たり前すぎる話だが、少しでも読者のみんなのお役に立てれば嬉しいかぎりだ。
世の中には、何が正しくて何が間違っているのか、判断が難しいことも多い。しかし、どう考えても「正しいこと」「事実」が簡単にわかることもたくさんある。そして、子どもと大人の違いを一つ明確に表すなら、『大人は、子どもよりも、正しいことと間違っていることの判別が付く。事実が何なのかを正しく判断できる』ということになる。
続いて、エピソードを二つ紹介しよう。ものすごくありふれた内容だ。
・エピソード1
とある場所に住む6歳の女の子Aちゃんは、先日初めてディズニーランドに連れて行ってもらった。連れて行ってくれたのは60代の祖母である。
Aちゃん「この前すごく楽しかった!おばあちゃん、ありがとう。何ていう場所だっけ?」
祖母「デズニーランドね。楽しくてよかったね」
Aちゃん「デズニーランド!楽しかったなあ」
後日Aちゃんは、幼稚園でディズニーランドに行った話をクラスメイトに話した。
Aちゃん「あのね、この前初めてデズニーランドに連れていってもらったんだ。とっても楽しかったよ」
クラスメイト「デズニーランド?あれディズニーランドって言うんだよ。Aちゃんそんなことも知らないの?」
この時Aちゃんは、周囲にいた数人のクラスメイトに笑われてしまい、顔から火が出るほど恥ずかしく泣き出してしまった。
・エピソード2
学校のすぐ近くに住む小学1年生の男の子B君は、とても内気な性格でなかなか友達ができなかった。遊びたくても自分から声をかけることが苦手な子だ。このことを母親も気にしていた。ある日の放課後、学校の敷地の近くで、B君は何をして遊ぶわけでもなく、ぼーっと立って空を見上げていた。学校内では、10人ほどの子ども達がドッジボールをして遊んでいる。
これを見てたまりかねた母親は、ほんの少しイライラしながら「ほら、あそこでドッジボールやって遊んでいる子達がいるじゃない。一緒に遊ぼうって言えばいいじゃないの」とB君に言った。
B君は意を決して学校敷地内に入り、ドッジボールをしている子達に「ボクも入れて」と声をかけた。
ところが、返ってきた反応は意外なものだった。
「え?ここ学童だよ。他の子は入れないんだよ」
B君は驚き、話の意味が少しわからない所もあったが、拒否されて自分が仲間に入れないことだけはわかり、泣き出してしまった。
さて、この二つのエピソードを読んでみんなはどう思っただろうか。
子ども達が生きている世界では、こういう出来事は無数に起きている。簡単な構図としては、『明らかに間違っていること』に対して、周囲の子が『間違っていることを容赦なく指摘する』というものだ。この時、“正しいことを知っている子、間違いを指摘した子”の方が精神的に優位に立つので、間違った子は大きなショックを受ける。いじめの原因になることも多数ある。上記エピソードでいえば、「デズニーランド」の名称は間違っていること、学童(の敷地)では基本的に、学童を利用している子だけが利用して、学童の子達だけで遊んで過ごすという点だ。
もちろん間違っていることを指摘されるのは大人同士の場合でもあるが、子どもの世界は大人が思っている以上に冷酷で容赦ない面がある。相手にわかりやすく説明して配慮しようという大人らしさは、基本的に子どもの世界にはない。
では、大人はどうすればよいのか?
簡単なことだ。『何が正しく、何が間違っているのかを知る~子どもに伝える』これだけである。子どもは、大人よりもまだ正しいことが何なのかを知らない。だからこそ、大人に色んな質問を投げかける。
「あれは何?」「これは何?」「何でこの花は赤いの?」「何で車はこんなに早く走れるの?」「何であの人あんなに怒ってるの?」「赤ちゃんはどこから生まれてくるの?」「何で赤信号をわたっちゃいけないの?」・・・。
もうとめどなく子どもの言葉は溢れてくる。
大人は、正しいことを子ども達に伝えつつ、わからない難しいことは子どもと共に考え、一緒に生き方を構築していく役割がある。
(作・イキルちえ)
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