さて、みんなは「自分のことをわかってもらうのが当たり前なんだ」という思考の人と出会ったことがあるだろうか。今日の話は、非常に生活に身近である。のんびり気軽に読んでくれ。
人間は、人それぞれに欲求があり、なおかつなるべくイヤなことはやりたくないと考えてしまうものだ。しかし、生きていく上で全て思い通りにいくわけではないことは、誰しも知っていることだろう。そういうわけで、世間の人は皆、自分なりに周囲のことを理解しようとしながら社会の中で行動する。一言でいえば“協調性”といえるものだ。
しかし、この“協調性”が、発揮されにくい場面というものがある。以下に簡単な例を二つ挙げよう。
①結婚した夫婦
「私は家事が嫌いだからやりたくないんだ!私のことをわかってくれ!」
②市役所の窓口に来た人
「私は生活が苦しいんだ!もっと給付金や年金を出せ! 私のことをわかってくれ!」
このような二通りが、協調性が発揮されにくい場面の典型例である。
①のような「家族をはじめとした、距離感の近い関係性」、②のような「公共サービスを提供している人、場所」この二通りの場面では、自らの協調性が発揮しにくく、気をつけないと『自分のことをわかってもらうのが当たり前』という身勝手な言動が出やすくなる。
ところで、読者のみんなは日本人の特性をどう感じているだろうか。
日本人は元々、内弁慶気質だ。遠慮しがちで、外国の人から見ると自己アピールが足りないと言われる側面がある。
ただ、今回の話はそういった範疇ではない。自己アピールと、“自分のことをわかってもらうのが当たり前”という言動は、全く別物だ。自分のことをわかってもらうのが当たり前というのは、「相手が自分の思い通りに動かないと文句を言う」という行動を指す。こういう自分勝手な行動は、当然世間では受け入れられない。
そして、この「自分のことをわかってもらうのが当たり前」という思考、行動が通用する場所が一つだけある。それは家庭内だ。上記の①の「家族をはじめとした、距離感の近い関係性」でこの言動が出やすいことと関連する。
家族がいる家庭は、誰がどういう性格で、どんな食事を好み、誰が何時に何をするかなど、お互いの特徴を把握し合っている上で成り立っている。そして、“自分のことをわかってもらうのが当たり前”ということを最も享受できるのは、子どもだ。大人は、家族の一員のそれぞれの特徴を把握する側の役割がある。
次に、婚活に関連する部分も触れておこう。
実は、婚活において「自分のことをわかってもらうのが当たり前」という思考は、男女共かなりの多くの人が、気をつけないと無意識のうちに表面化しやすいのだ。しかも、婚活にエネルギーを注いで真剣にやっている時ほど、表面化しやすい。
なぜかというと、“結婚して安心できる家庭で穏やかに過ごす”というイメージが、婚活時すでに頭の中で出来上がっているからだ。婚活、お見合いで初対面の時は、自分のことをわかってもらう前段階なので、お互いのことはまだ何もわからない。この時点で、普段の家庭内で慣れている“自分のことをわかってもらっている状態”を、相手に押し付けてはいけないのだ。
さらに真意の部分にせまる。
実家暮らしの人が婚活で敬遠されるのはなぜなのか。それは、両親が健在で自分が子どもの立場にあり、「自分のことをわかってもらうのが当たり前」という環境に慣れ過ぎているからだ。一人暮らし経験があって自立している人ほど、それをよくわかっているのである。
それでは、何に気をつければよいだろうか?
これは、作者のオレがわざわざ説明するまでもない。対人関係の基本である「相手を知ろうとする姿勢」である。 “自分のことをわかってもらうのが当たり前”ではなく、自分の考えをわかりやすく述べつつ、相手の状況・意見を汲み取ることを忘れなければ、 そう極端に人間関係が崩れることはない。
(作・イキルちえ)
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