生きる知恵

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なぜ差別はなくならない?どうしたら差別をなくせる?(見えない障害に気づく力と障害者福祉の話)

 さて、みんなは「障害者」に対してどのようなイメージをお持ちだろうか。今日の記事は専門的で難しいイメージがするかもしれないが、決してそんなことはない。

「なぜ障害者差別が起こるのか」「なぜ障害という言葉が使われるのか」「どう障害を理解して、どう生きていけばよいのか」ということを、専門用語は極力使わず、誰にでもわかりやすく解説するので、どうぞ気軽に読んでほしい。

 

 現在の世界人口は、2025年時点で82億人と言われている。これだけの人間が一つの星で共存していれば、実に様々なタイプの人間がいる。こうなると、多数の“一般的に見える人”と、少数の“あまり一般的ではないように見える人”が出てくるのは、ごく自然なことだ。

 そして現在、日本も含めてほぼ世界中で、障害者の権利も健常者と同様に大切にして、障害者も生きやすい世の中にしようとする動きは、数十年前から継続して行われている。法律の整備(障害者総合支援法、障害者雇用促進法など)、バリアフリー・ユニバーサルデザインの推進(点字ブロックや駅のエレベーター及びエスカレーター設置など)、福祉サービスの拡充(介護サービス、グループホーム、移動の際の支援など)、数多くの人達によって行われてきた。

 しかし。

 障害も含めて、あらゆる差別はなかなかなくならない。これはなぜだろうか。

 そこで、ヒントになる材料を一つ挙げよう。

 

 障害者は、人々にとってどのような人を障害者だと認識できるのか?

 おそらくかなりの人が、こういった車椅子に乗っている人を障害者だと認識していると思われる。

 逆に、以下のような人を障害者だと適切に認識できる人は、非常に少ない。

「私今、障害者の人を助ける仕事をしてるんだ」

「そうなんだ、車椅子の人のお手伝いとかしてるんだよね?」

 このような会話をしたこと(あるいは、自分自身が障害者に関わる仕事をしていて、このような返事が返ってきたこと)のある人も多いことと思う。

 

 ところが。

 障害者全体のうち、実際に車椅子を日常的に使用している人は約2~4%程度であると推計されている。

(注釈1:公式統計としては、まずは内閣府の障害者白書で障害者の総数を確認した上で、「福祉行政報告例、生活のしづらさなどに関する調査、障害者白書、国土交通省の車椅子関連資料」などの複数のデータを元に計算する必要がある。複雑になるのでその過程説明はここでは省略する。以下URLは、障害者の総数がわかる内閣府のもの)

 

<参照元:内閣府(令和6年版障害者白書)>

 

(注釈2:障害者とは、「身体障害」「知的障害」「精神障害」の三つの区分に分かれている。主に一般的な視点では、障害者=身体障害を連想しやすい点も注意が必要。また、車椅子利用者の多数派は身体障害者であり、車椅子の利用割合は、身体障害者のみに絞るともっと増加する)

 

 つまり、人々がイメージしやすい障害者(車椅子)は、実際にはごく少数であり、大多数の障害者は、『どこにでもいる多数派の普通の人に見える』のである。

 見た目が自分自身と同じであれば、「配慮しなきゃ」「差別しないようにしなきゃ」という発想をするのは、人間にとってかなり高い意識を持たなければ難しいものである。

 

 これから社会で生きるにあたって。

 差別をなくし、人を攻撃するような醜い争いを減らすためには。

『この人は、見た感じ、どこにでもいる普通の人だな。でも・・・どんな事情を持っているんだろうか』

 こういった、見た目に惑わされない“一歩先の想像力”がカギになる。

 人間は、物事の最初の判断は視覚が優位ではあるが、しかしそれはもう、とうにわかりきっていることである。一歩先の想像力を働かせるのは、一定の経験や学習力も必要なため、そう簡単ではないのだが、しかし・・・この力はもう、これからの社会では必須といえる。

 社会が複雑化し、障害にかぎらず、心・体に様々な事情を抱える人が増え、ネットをはじめとした“相手の顔が見えない”交流もすっかり当たり前になっている。

 だからこそ人間は、見た目だけで何でも判断するのではなく、一歩先の判断力・想像力を自然に身に付けるレベルアップを必要とする段階にまで来ている。

(作・イキルちえ)

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