さて、みんなは街中で「お菓子買ってよー」と騒いでいる子どもをなんとかなだめようとしている母親を見て、どんなことを感じるだろうか。今日の記事は、「子育ての大変さ」と「情報化社会が人間の心理に与える影響」の両面が関わる内容である。子どもが幼いうちの子育ては特に大変なのは言うまでもないのだが、ネットをはじめとした情報化社会によって、子育てが“より大変だと感じてしまう”という点を解説している。是非最後まで読んでくれ。
最初に、以下のニュース記事を紹介しよう。
<参照元:日本の親が「育児がつらい」と感じる3つの理由〔アメリカに比べると、特別大変そうに見える〕(東洋経済ONLINE)>
この記事をお読みになって、みんなはどう感じるだろうか。今どこにでもあるような、子育ての大変さを他国の状況と比較解説している記事だが、「日本で子育てや育児するのは本当に大変だよな」とほとんどの人が感じるのではないだろうか。
もちろんこれは何も間違っておらず、現在起こっている事実そのものである。子育てが大変な最中、ネットの情報がヒントになり、子育ての役に立ったという方も数多くいるだろう。
しかし、それとは逆に、こういったネット記事を読んでも「全然役に立たない」「よけいにストレスが溜まる」という経験をしている方も多いと思う。
それでは・・・。
次に、このブログ作者イキルちえが、過去にとある女性と何気ない会話をした内容の一部を紹介しよう。話し相手は、ある専門分野の仕事関連で親しくしていた、当時50代のA子さん。すでに成人している2人の子どもがいる。
イキルちえ「A子さんのお子さんは、もう成人しているんでしたっけ?」
A子「そうよー。上の女の子はもう結婚して〇〇県に住んでるのよ。下の子はまだ結婚するつもりはないみたいだけどね」
───中略───
A子「その時の小学校がもう、本当にひどい対応でね。しかも学校で何かある時っていつも平日の昼間だから、お父さん(A子の夫)も仕事でいないじゃない?」
イキルちえ「それじゃあ、誰も手助けしてくれる人がいないから大変じゃないですか」
A子「それはそうね。子どもがもっと小さい時も、下の子が特に病弱でかなり手間がかかってね。夜中に起こされることは上の子の時よりかなり多かったし」
イキルちえ「その当時、ファミリーサポートとか、それに近いものはなかったんですか?」
A子「全然なかったねー。当時はネットもないし、新聞や本は読んでたけどね。もうそれ以前に、目の前で子どもの問題が起きてるんだから、やるしかないじゃない?」
ここで、『情報という外部刺激が、人の心理にどう影響を与えるか』ということを、読者のみんなにはよく知っておいてもらいたい。
「これをやることは、これだけ労力がかかってこれだけ大変です」という情報を得ると、人間は、「それを自分自身が今体験しているかのように感じる」作用がある。
例えば泣く子どもをあやしている時、実は自分ではそれほど大変とは感じていないのに、「これだけ大変なことをしている」という外部刺激の情報を受け取ると、すごく大変なことをしているかのように頭が受け取ってしまうのである。
その情報を受け取る回数が増えれば増えるほど、“大変なことをしている”と感じる感覚はより強くなる。
さらに・・・「今子育てが大変だ、何か良い対処方法を知りたい」という時に、多くの人はすぐに、何らかの情報にたどり着くことができる。そして、「これが大変なんだ!」と、SNSなどで発信することもできる。これらの要素も、“大変なことをしている”と感じる感覚を強化させる要因となる。
これは子育てに限らず、他の数多くの場面でも起こる現象である。就職したばかりで仕事に慣れなければならない時、国家試験を控えて猛勉強しなければならない時、病気や災害に立ち向かわなければならない時など。
上記事例で挙げたA子のように、得られる情報がない環境や時代で懸命に子育てしてきた人は、数多く存在する。そうやって育てられた子どもは、幸せになる人も多数いれば、そうでない人もいる。そして、子育てには情報や第三者の支援は絶対的に必要なものであり、それを否定する必要は全くないことも留意しておこう。
それでは、子育ての大変さと、情報化社会が人間に与える影響を、どう考え、オレ達人間はどう付き合っていけばよいだろうか。
子育ては、“今、目の前に起きていることに対して、集中力をもって全力で対処する”という姿勢が、最も根幹にある。人間は、(他の生物も含めて)ずっとそうやって生きてきたわけで、それをやりきる力はちゃんと誰にでも備わっているのだ。
その上で、養育者(父と母)は、事前に何をどう分担して子どもを育てるかを話し合い、事前に情報収集をして準備しておき、過剰なネット依存になるような情報過多は避けるべきだろう。
まとめに向けて一つ。今日の記事内容とは真逆に進む【注意喚起】をしておこう。
人間が生きる上で、「情報」「周囲の手助け」は絶対に必要なものであり、それを否定する必要はない。子育てのように“今、目の前に起きていることに対して、集中力をもって全力で対処する”ことは重要だが、【今、目の前に起きていることに対して、明らかに被害を受けているのに、何の疑問も持たず我慢している】ことがあれば、それは全力で逃げて助けを求める必要がある。具体例としては、『いじめ、パワハラ、虐待、DV、性被害』などである。子育ての場面はあくまでも人間が育つ過程の一つの場面に過ぎないが、これらのものは別だ。「明らかな被害」という判断基準はしっかり持っておこう。
子育てが大変なものであり、尊重されるべきことなのは、世界中の多くの人が理解し、応援してくれている。今子育てで日々奮闘している方は、情報が心理状態に与える影響を考慮しつつ、「目の前で子どもの問題が起きてるんだから、やるしかないじゃない?」というA子の言葉を、是非少しでも心に留めていただければ幸いである。
(作・イキルちえ)
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