生きる知恵

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知識不足、もの知らずであることを気にする必要はない

 さて、みんなは今現在、どんなジャンルのどんな知識をどの程度身に付けているだろうか。今日の話は、知識や知恵に関することで重要な視点を簡潔にまとめている内容である。気軽に読んでくれ。

 

 人間が生きていく上で、勉強は欠かせない。算数や国語などの基本的な学問から、一般常識に至るまで、幼少期から学ぶことは大人として生きる上で大切な土台になる。これは基本中の基本であり、疑う余地もないのだが、専門的な分野から雑学のようなものまで含めると、学ぶことが可能な知識というものは膨大な量になる。一人の人間が生涯の数十年のうちに、それを全て学ぶのはまず不可能だ。

 そこで、「学問」「知識を得る」という行為が、人間関係や生き方にどんな影響を及ぼすかということを、この記事で一つチョイスして取り上げてみたい。

 その及ぼす影響というのは、『格差が明確になる』というものだ。

 例として、3人組の人間関係を挙げよう。Aさんは100の知識、Bさんも100の知識、Cさんは60の知識を得ているとする。ここで、はっきりと何が生じているか。それは“格差”である。知識量が60であるCさんは、知識量が100あるAさんとBさんよりも立場が下であるということが、はっきりとわかってしまうのだ。実は・・・オレ達現代人はみんな、無意識のうちにこの格差の中に埋め込まれて日々生きている。

 現代のように成熟した社会では、あらゆる場所で高度な知識が必要であり、その知識と人々の労働によって便利な生活が保たれている。そして、知識不足や、知識の間違いに対しては、周囲から容赦なく指摘があるものだ。

 このように言うと、ネット上の発言やSNSなどでよく起こっているマウント合戦やしょうもない言い争いを連想する人も多いかもしれない。しかし、「学問及び知識を得ることによる格差」という視点でいえば、それは本質ではない。

 「知識不足や、知識の間違いに対して、周囲から容赦なく指摘される」理由の本質としては、『それを指摘しないと、便利な生活の構築に支障が出るから』という点にある。こういう意識が一人一人の心の奥底に眠っているため、学問や知識をめぐっては、格差や争いが生じやすい。

 しかし、学ぶ学問、知識、人の住んでいる場所は世界中に広がっているので、限界もある。自分の周りのごく一部の世界で優秀だったとしても、少しでも範囲を広げれば上には上がいるので、格差(あるいは劣等感)を感じずに生きるというのは無理があるものだ。例えば、小学校までは優秀で成績が学年トップだった子どもが、中学の有名進学校に進んだら、周囲も優秀な子どもばかりで驚きショックを受けたなどの話はよくある。こういったことは、大人の社会でも日常茶飯事だ。

 

 では、これらのことを踏まえて、どう考えれば知識不足やもの知らずであることを気にせず、堂々と生きていけるようになるのか。

 総括として、二点挙げておこう。

 一つ目は、『一人一人が、自分の感じたこと、自分なりの意見を発信することに意味がある』という視点である。それらを併せて様々な人とコミュニケーションを取ることで、より知識は成熟していく。果ては、その個人一人一人の行動全てが、生きやすい社会を作ることに繋がっていく。最初から正しい知識だけ身に付けている人など、誰もいないのだ。

 二つ目には、頭の中に数多くの知識を詰め込むよりも、『あらゆる人、物などに対して敬意を表し、感動する気持ちを忘れないことが何よりも大事である』ことを、作者のオレから伝えておきたい。

 動物行動学者のコンラート・ローレンツという人物が、著書『ソロモンの指輪』にてこんな言葉を残している。

「虹の光が、光のスペクトラムによることを科学的に知らされても、虹を美しいと感じる心に変わりはない」

(作・イキルちえ)

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